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【橋下徹市長が惜敗した大阪都構想に関して想いを綴る】

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橋下徹市長の政界引退、非常に残念だ…。
ここまで日本の政治に興味を抱かせてくれる政治家は今までいなかった。
日本は民主主義国家なのに、特に芸能人やアーティストが政治の話をすると問題視される事が大半ですよね。
これ、僕はとってもおかしな事だと思います。
政治の話をする事がタブーの様な空気感。
それこそが政策や政治家に対しての成熟した国民間の議論を妨げているものであり、世界と比べて国民が国を作って行く意識の低さを生んでいる原因の一つだと思います。
自分が住んでいる国、街というのは自分自身、家族、恋人、友人という存在に直結するものであり、その国、街というものをしっかり考えれない人は結局誰の事も大事に考えられないでしょう。

恥ずかしながら僕は2007年にNYから東京に行き、住み出すまでは大阪&関西と比べて東京の大きさなんて2倍くらいかさほど変わらないと思っていました。
しかし東京に住んで行く内に街自体の規模も2倍どころか何倍も差がある事を感じながら、CDデビューして数々のTVに出演させて頂いてとしていく内に圧倒的に関西に足りない事をいくつも感じました。
CD会社、TV会社、出版会社、芸能事務所、広告代理店、全国展開していくそれらの企業のほとんどが東京に集中していて(例外ももちろんあります)関西にはほとんど無かったのです。
そう、関西にいる限り物理的にチャンスを掴めない事ばかりだったのです。
ロマン派の時代のパリ、20世紀のNYCの様に才能のある人は行くべき場所に行ってこそチャンスを掴めるのです。
そのチャンスの差と街の規模の差を大きく感じる反面、益々大阪と関西の良さを実感する部分もあり地元愛が強くなりました。
本当に、関西って世界で一番素晴らしいと今も思っています。
それと共に問題点も多くあります。
橋下徹という政治家は大阪外から見た大阪の問題点を客観的に的確に捉えられていたのでしょう。
それは外国や関西の外に行った人達で無いと明確に見えない部分かもしれません。

橋下市長がしようとした事を僕なりの理解で書かせて下さい。
彼は別に大阪を首都にしたいと思ったわけではなく、戦前までは東京も東京府と東京市がありその後統合された様に都という仕組を取り入れたかった。
大阪の公務員の多さと給料の高さは半端無く、市は府並に権限を持っていて今までの大阪府知事と市長の時代で事あるごとに府と市は対立、職員の給料上げ合戦や天下り、公共事業、二重行政による無駄遣い。
国会でも与党は消費税増税を決め国民への負担を求めた中、2014年の5月から国会議員全員の給料月額26万円上げました。
その問題を提議したのは与党野党の中でも橋下徹率いる維新の党しかいなく、自分の給料と退職金の大幅なカットを実行し、大阪の公務員の数と給料も削り、その上都構想を実現させ問題を改善させたかったのでしょう。

府と市が統合される事でより広範囲の政策やサービスが取れる事になり、大阪はもちろん兵庫、京都など関西一帯を巻き込んで関西全体の底上げを計っていたんでしょう。
関西のポテンシャルの割に重要機関や各社のヘッドクォーターが関西に設置されている割合はとても低く、東京一局集中に偏り過ぎていたと思います。
アメリカの様に東はNYCとワシントンDC、西はLAやサンフランシスコ、東と西のそのどちらからもIT、経済、文化、ニュースなどが全国に発信されていく。
その形の方が国としては絶対良い作られ方だと思います。
そういう基盤を関西に作った後に橋下市長は国政に進出する気だったのでしょう。
そして今現在大阪市の区の数が24区でそれらを全て大阪市長が担当しているのですが、橋下市長はそれらを統合して5区のみにし、一つ一つに区長というものを住民投票によって作りよりその区を理解している人に区の改革をさせるという方法を試みようとしていました。
大学で言えば24の専門分野の異なる学科があり、学長一人で全ての学科の改革を行なう事は困難で、学科事にその専門分野の学科長を作り改革をさせる様な感じでしょうか。

大阪市というものが名目上無くなるという事や大阪市でのサービスのあり方が変わってしまう事に不安を感じてしまう人達がいる事は仕方がない。
けど、目先の事ばかりで未来の事を考えずにいていいのだろうか?システム的にも経済的にも大きな問題を抱える負債産業大阪府・市が大きく変われるチャンスだった、そして橋下徹という何十年に一人の逸材が自分の魂と情熱を削りそのチャンスを作り、大阪市民に問うた。
その結果否決された。
仮にこのまま大阪府・市が落ちて行ったとしてもそれも市民が選んだ結果。

最後に、日本には批判したりネガティブな事を言ったりするのは得意な人が多いが、ポジティブな事を言ったり自分達で何か良い方向の意見を言ったり作って行ったりするのはとても苦手。
結局反対派は自分達はこうしたいではなく、都構想へのネガキャンにしか見えなかった。
ここで終るのは残念で仕方が無いが、あれだけの才能と先見の明がありながら民に認められなかった橋下徹はいっそここで引退しても良かったのかもしれない。
本当に…無念です。政治への興味がまた薄れた。

日本という国は「芸術家は芸術の事だけ考えていればいい」という風潮がありますが、それ本当に「?」です。
パリやNYCで出会った芸術家達は政治や経済や宗教やあらゆる事を自分の意見で述べれたし、それゆえ彼等から発信される芸術には深みや信念や哲学があると思うんです。
その時代を生きている重みがあるんです。
芸術家=哲学家=発信者、だからこそ作品を届ける人々に感動が生まれる、と信じています。
長文読んで頂いて誠にありがとうございます。

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追記, 一夜明けて、本当に悔しくて仕方が無い。橋下徹氏はごく当たり前の事を言って実行しようとしていただけ。多分崖から落ちそうな人を助けようとして逆に落とされた気持ちだろう。これを自ら蹴った大阪に呆れかえる。彼がやろうとした事の本当の価値を見極めれなかった大阪市民、これが大阪の限界、ただの地方一都市でいつづける理由を再認識。そして今のままの問題点をこの先何十年も抱え続け、「橋下徹という政治家が変えていてくれていたらな」と皆がつぶやく未来が目に見える。本当に残念で涙が出そうだ…。それでも僕には今日という日がくる。僕は僕の音楽人生のベストを尽くす。

(写真・朝日新聞デジタル・森井英二郎撮影)